大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜簡易裁判所 昭和30年(ハ)93号 判決 1956年2月22日

原告 日本金銭登録機株式会社

被告 宇野勝亮

主文

一、本件につき、横浜簡易裁判所が昭和三〇年五月六日発し同月二七日仮執行の宣言をした仮執行宜言附支払命令を取消す。

二、被告は原告に対し日本金銭登録機一八〇〇型一台を引渡せ。

三、もし右引渡の強制執行が不能のときは、被告は原告に対し金四〇、〇〇〇円を支払え。

四、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、原告代理人の主張

一、請求の趣旨

主文第二ないし第四項同旨の判決を求める。

二、請求の原因

(一)  原告は被告に対し、昭和二九年一〇月四日原告所有の日本金銭登録機一八〇〇型一台を代金四〇、〇〇〇円で売渡す契約をし、同日右品物を引渡し、契約金五、〇〇〇円の支払を受け、残代金三五、〇〇〇円は三ケ月間に三回に分割して支払を受ける約定をした。

なお、右売買契約においては、その細則として次の如き条項を含む約定をした。

(1)  売買代金を完済する迄は売買物件の所有権は売主が保持していること。

(2)  買主において売買代金の支払を一回でも怠つた場合は分割弁済の期限の利益を失い残額を一時に請求せらるも異議なきは勿論催告なくして売買契約は解除せられ、買主は買受機械を直ちに売主に返還すべく、且其の引渡しを受けた日から返還に至る迄一日金二〇〇円也の割合による損害金を支払うこと。この場合契約金は売主に無償にて帰属すること。

(二)  然るに被告は割賦金の支払をしなかつたので、右売買契約は当然解除となり、契約金五、〇〇〇円は売主である原告に帰属し、被告は右金銭登録機一台を直ちに原告に返還すべき義務を生じたのにこれを履行しない。

よつて原告は被告に対し、右金銭登録機一台の返還を求め、もし右引渡の強制執行が不能のときは履行に代る損害賠償として金四〇、〇〇〇円の支払を求める。

(三)  仮りに本件売買契約の趣旨が、被告の割賦金支払の不履行により契約が当然解除となるものではなく、契約解除の意思表示を要するものであるとしても、原告は昭和二九年一一月五日口頭で被告に対し契約解除の意思表示をしたから、同日眼り本件売買契約は解除となつたものである。

第二、被告の主張

一、請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

との判決を求める。

二、請求の原因に対する答弁

(イ)、原告主張の(一)の事実中、被告が原告から原告主張の日時に原告主張の金銭登録機一台を代金四〇、〇〇〇円で買受ける契約をし、その品物の引渡を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(ロ)、原告主張の(二)の事実は知らない。

(ハ)、被告は原告から金銭登録機一台の引渡を受けた際即時金二〇、〇〇〇円を支払い、残額金二〇、〇〇〇円は昭和二九年一〇月末日に支払うとの約を結び、その後金一〇、〇〇〇円を原告方の外交員を通じ原告に支払い、更に金六、〇〇〇円を原告会社代表者に支払つている。従つて被告が原告に支払うべき買受代金残額は金四、〇〇〇円にすぎないものである。

第三、証拠<省略>

理由

一、原告が被告に対し、昭和二九年一〇月四日原告所有の日本金銭登録機一八〇〇型一台を代金四〇、〇〇〇円で売渡す契約をし、同日右品物を被告に引渡したことは当事者間に争がない。

二、成立に争のない甲第一号証、原告会社代表者の供述及び証人渡辺常夫の証言の一部を併せ考えると、右売買契約における代金四〇、〇〇〇円の支払については、第一回は契約金なる名義で契約締結と同時に金五、〇〇〇円を、第二回は契約締結の日から一ヶ月後に金一〇、〇〇〇円を、第三回は契約締結の日から二ヶ月後に金二五、〇〇〇円を支払う趣旨の合計三回に亘る割賦払の約定がなされたこと及び右売買契約においてはなおその細則として、次の如き条項を含む約定がなされたことを認めることができる。証人渡辺常夫の証言中右認定に牴触する部分は信用できない。

(1)、売買物件の所有権は代金支払完了迄売主之を留保する。

(2)、買主に於いて売買代金の支払を一回でも怠つた場合は本契約期限の利益を喪い、残額を一時に請求されても異議なきは勿論、催告なくして契約を解除せられても何等苦情を申出る事は出来ない。

(3)、契約を解除せられた場合、買主は買受機械を直ちに売主に返還すべく、且其の引渡しを受けた日から返還に至る迄一日金二〇〇円也の割合による金員を損害賠償として直ちに売主に支払わねばならない。

(原告はなお右(3) に該る場合に契約金は売主に無償にて帰属するとの約定があつた旨主張するが、この点に関する証人渡辺常夫の証言は原告会社代表者の供述に照らして信用しがたく、他にこれを認めることのできる証拠はない。)

三、してみれば被告は右代金割賦払の約定を履行すべき義務あるところ、被告は右金銭登録機の引渡を受けた際、即時に金二〇、〇〇〇円を支払い、残額金二〇、〇〇〇円は昭和二九年一〇月末日に支払うとの約を結び、その後合計金一六、〇〇〇円を支払つた旨主張するが、これらの事実を認めることのできる証拠はなく、証人渡辺常夫の証言及び原告会社代表者の供述の一部を併せ考えれば、被告は契約締結の日に契約金として支払つた五、〇〇〇円を含めて昭和二九年一一月末日頃までの間に数回に亘り合計二七、〇〇〇円ないし二八、〇〇〇円を支払つたにすぎないことが認められる。原告会社代表者の供述中右認定に牴触する部分は信用できない。してみれば本件各割賦金の支払の過怠の点を個々に判断するまでもなく、被告が本件買受代金全部の支払を最終期限を過ぎても結局過怠していることは明らかであり、仮りに被告の主張どおりの弁済があつたとしても、その合計金額は三六、〇〇〇円であつて、被告が代金の支払を過怠している点においては何等差異はなく、被告が前記約定に基き過怠の責を負わねばならないことにおいて変りはない。

四、ところで原告は、被告が割賦金の支払をしなかつたので本件売買契約は当然解除となつた旨の主張をするが、本件売買契約について、被告が代金の支払を怠つた場合に本件契約が当然解除となる旨の特約の存在を認めることのできる証拠はなく、この点に関する約定は前記二の(2) 及び(3) に掲げた条項のとおりである。右条項によれば、被告が支払を怠つた場合に残額を一時に請求するか又は催告なくして契約を解除するかは原告の選択によつて定まることが明らかである上、又その文言自体からするも、契約が解除となるには、催告は要しないが少くとも解除の意思表示はこれを要する趣旨であると解するのが相当である。よつて原告のこの点に関する主張は理由がない。

五、しかして原告は、昭和二九年一一月五日口頭で被告に対し契約解除の意思表示をした旨主張するが、この点に関する原告会社代表者の供述によると、被告が第二回の割賦金の支払のために差入れた約束手形が不渡になつたので、それから三日位後の昭和二九年一一月六日に被告の所に行つて被告に対し、「あなたから貰つた約束手形が不渡になつたので売買契約を解除する。代金を払つてくれなければ登録機を引揚げる。」といつたというのであるが、この発言を、同代表者の供述及び証人渡辺常夫の証言を併せ考えて認められる原告会社代表者自身その後なお同月末日頃までは残代金の一部を被告から領収していた事実に照らして考えれば、右は確定的な契約解除の意思表示をしたものとは認めがたく、単なる警告的意味での発言と認めるのが相当である。よつて原告の右主張も理由がないが、然し弁論の全趣旨からすれば、原告の本件主張には、本訴において契約解除の意思表示をしている旨の主張をも包含しているものと解するのが相当であるから、遅くともその意思表示を含むものと見られる原告提出の昭和三〇年九月二一日附準備書面が被告に送達された日である同月二二日(記録上明らかである)を以て本件売買契約は解除になつたものと認めるべきである。

してみれば、被告が原告に対し本件金銭登録機一台を返還すべき義務あることは明らかであり、原告の第一次の請求は正当としてこれを認容すべきである。

六、よつて更に進んで原告の予備的請求について考えると、物の給付を求める訴において本来の給付の執行不能の場合の履行に代る損害賠償を予め予備的に求める請求は許容されるべきものと解すべきところ、原告会社代表者の供述によれば、本件金銭登録機一八〇〇型一台の本件最終口頭弁論期日である昭和三一年二月八日当時の価額は約五〇、〇〇〇円であることが認められるから、右価額に相当する額の範囲内である金四〇、〇〇〇円の限度において損害賠償を求める原告の予備的請求も亦正当としてこれを認容すべきである。

七、しかして本件は記録上明らかな如く、主文第一項記載の仮執行宣言附支払命令に対して異議の申立がなされた事実であるから、この場合の審判の対象は上訴の場合に準じ支払命令に対する異議の当否と考えるべきであり、従つて原告の請求が理由がありその結果が支払命令の内容と相応する場合には、支払命令を維持して異議申立を棄却すべきであるし、原告の請求の一部が理由がなく又は原告の請求が理由がある場合でもその結果が支払命令の内容と相応しないこととなる場合には、その限度において支払命令を変更すべき筋合である。ところで本件においては記録上明らかな如く、原告は支払命令の段階においては単純に金銭のみの支払を求めていたのに、訴訟に移行した後の段階において主文第二項記載の如き特定物(本件の物は特定物と解される)の引渡を求める請求を第一次の請求として附加し、右金銭の支払を求める請求を主文第三項記載の如き予備的請求に変更したものである。してみれば本件においては本来は支払命令を変更すべきところであるが、支払命令の内容として特定物の給付を命ずることは法の許容しないところであるから、結局支払命令そのものを変更することは相当でないと考えられるし、そうかといつて単純に給付判決のみをしたのでは、債務名義として給付判決と仮執行宣言附支払命令とが重複して存在することになりこれも相当でないこととなる。

右の理由により、本件の如き場合にあつては、その実質は支払命令の変更であるとしても、形式上は支払命令そのものを全部的に一旦消し改めて給付判決をなすのが至当というべきである。(なお右仮執行宣言附支払命令の取消は、申立がなくても職権を以てなし得るものと考える。)

八、以上により、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 尾形慶次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例